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流産後
7w5dで私たちの赤ちゃんは天使になってしまいました。

処置が終わった後、車椅子で病室へ戻った。

看護師さんから、「おうちの人に電話しますか?」と聞かれたので、バッグを持って真っ暗闇のロビーの公衆電話から自宅へ電話。オットに「赤ちゃん、ダメだった・・・」と言った途端、今まで抑えていたものがプツリと切れて受話器をもったまま涙がどんどん溢れてきた。オットは「何も考えないでゆっくりと休んで」と。私の実家には連絡してくれるというのでお願いをした。あと、当直の先生から”明日の朝、主治医がもう一度診察し、掻爬手術が必要なのかどうかを診てもらってから必要であれば手術となる”っていうことを言われたのでそのことと、入院もいつまでになるか分からなかったので、入院に必要なものも持ってきてもらうように頼んだ。

再び病室に戻り、「お腹が痛かったら、痛み止め出すって先生が言っていたけど必要かな?」と言ってくれたので、ボルタレンの薬をもらって飲んだ。こんな強い薬を飲むっていうことは、もう赤ちゃんはいないんだ……と現実を突きつけられたようだった。

その後、その日は殆ど眠れず明け方にちょっとだけうとうとしただけだった。

9時前にオットと母が荷物を持って来てくれ、二人とも黙って私の手を握ってくれた。主治医に診察してもらうということで診察に呼ばれ、内診。

内診の後、母とオットと一緒に先生の話を聞いた。「処置が綺麗に行われていて手術の必要はなく、今日の午前中には退院して良いです。おそらく染色体異常による自然淘汰と考えていいでしょう。3回の生理があったら、また妊娠にチャレンジしてみて問題はないです。一週間くらい出血が続くと思いますが、あまりにも出血量が多かったり、それ以上長く続くようであればいつでも連絡してください。2,3日は安静に。基礎体温、今まで付けたことありますか?」私「ないです」先生「じゃぁ、これから、付けてみてください」ということを言われました。

流産後の経過を見るために、2週間後に診察予約を入れて、感染予防のための抗生物質と子宮収縮剤を一週間分処方され、会計後家路についた。
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by hinahinar | 2004-07-30 09:15 | 不育症
流産
腹痛も酷くなり、出血も多くなってきて、とうとうナースコールを押す。

車椅子に乗せてもらい、真っ暗な廊下を渡り、誰もいない静かな診察室の内診台へ。

さっき診てくれた当直の先生に再度診てもらう。痛みがどんどん酷くなる。やっぱりもうダメなのかな……最初に超音波を見て、処置をして、再度超音波をみたようだ。2度目の超音波の時に先生が画面を見せてくれた。覚悟はしていたが、もう私の子宮の中には胎嚢の形は全く映っていなかった。このときには不思議と涙は出ず、先生の話を冷静に聞いている自分がいた。
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by hinahinar | 2004-07-30 00:25 | 不育症
切迫流産
妊娠後、引越しの航空便が届いたりと片付けをしたり、買い物に行ったりと忙しい毎日を送っていた。特に電化製品一式などを買うのはものすごく大変。上を見ればきりがない。

それ以外は無理せずに日々を送っていた。現在6w4d。
28日に茶色いオリモノ。心配なのであまり動かずに家でテレビをみたりしたりしながら過ごす。
29日夜6時ごろ。出血。病院に電話してみたところ、動かない方がいいということで寝て過ごす。29日夜8時ごろ、トイレに行くと生理のような出血。もう一度病院に電話したら「すぐ来て下さい」とのこと。オットはまだ仕事で帰っていなかったので、実家に電話して父に運転してもらい、母同乗のもと、救急病棟へ。

すぐに内診してもらうことができた。診察されながらいくつか質問される。「出血はどの程度か?赤い固まりは出たか?」まだ胎嚢は子宮内に確認できるが心拍は確認できない。切迫流産の診断。切迫流産とは流産しそうな状態をいう。

すぐに入院です。といわれ、涙があふれ出る。先生「流産は妊娠の10人に一人は起こること。実際にこの病院でも1割の人の流産があります。染色体異常で自然淘汰と考えてください。」と

母が「海外から引越ししてきたばかりなのですが、引越しで無理したのが原因なのでしょうか?」と質問。先生「それは関係ありません。自然淘汰と考えるのが普通でしょう」ときっぱりと否定。あまりそういうことは関係はないとのこと。

車椅子に乗り、病棟へ。切迫流産だからと特に出来る治療はなく、安静にしていてくださいということらしい。先生「何かあったら当直でいるのでいつでも言ってください」

オットには母から連絡してもらっていたので、何度かオットから携帯に着信が入っていた。喋ることは出来ないので、メールで今から病院に来てくれるということだった。10時半ごろオットが看護師さんの案内されてお見舞いに来てくれた。オットは母から聞いていたので、ただただ私の手を握って大丈夫だよと言ってくれていた。その間もお腹の痛みは続いており、涙はぽろぽろと流れてくる。

11時半ごろオットは帰宅。その後くらいから腹痛が辛くなってきた。12時半ごろトイレに行くと出血はさらに酷くなっていた。
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by hinahinar | 2004-07-29 21:54 | 不育症
人生初の産婦人科
早速K病院の産婦人科へ。

問診表に記入し、いよいよ先生の診察。

実は内診は初めて。今まで産婦人科って来たことが無かったのだ。子宮ガン検診と、超音波。でも全く痛くない。内診の不安はかき消された。内診後、診察へ。

超音波写真を見せてもらうと、小さな胎嚢が確認出来ていた。今は5w3dとのこと。子宮外妊娠の心配はないということで、一安心。私の中に小さな命が宿っているんだ……と思うと凄く嬉しかった。まだ何にも実感は無いけれど。

ダンナにも早速報告。義母にもメール。あなたと同じ誕生月になりますね。と暖かい言葉ももらった。
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by hinahinar | 2004-07-20 21:46 | 不育症
妊娠反応
アメリカカリフォルニアから7月11日に引っ越してきて数日。そろそろ生理が来るころ……なんて思っていたが、来ない。妊娠検査薬を試してみたところ、くっきりと陽性反応。

どうやら妊娠したみたい!早速オットに伝えたところ、すごく喜んでくれた。

姉や母にも報告。早速7月20日にK病院の姉の産婦人科の主治医の予約を入れることに。予定日を計算してみると3月18日ごろが予定日。

二人目を妊娠中の姉から妊娠に関する雑誌やマタニティの本などを5冊ほどもらう。希望は膨らむばかり。
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by hinahinar | 2004-07-15 21:36 | 不育症